
「やがて哀しき外国語」★★★★★
村上 春樹 (著)
大学時代のこと、ジャズ喫茶経営のこと、小説を書くきっかけ、免許のこと、奥さんのこと、私小説アレルギーのこと
今までほんのりと知っていたこと、輪郭がぼんやりしていたこと を
こんなに詳しく知っちゃっていいんですか
上質の長編小説を一冊読んだ気分
生まれ変わったら、春樹と結婚したい
いや、春樹自身になりたい
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最初の一年はけっこうあれこれと気の張る一年ではあった。
これはアメリカ人にとっても、僕らにとってもけっこう重い一年だったような気がする。
ロスの暴動が起こったのもこのすぐあとだった。
その一年のあいだ、僕はずっと家にこもって長編小説を書いていた。
ほとんどどこにも行かなかったし、ほとんど何もしなかった。
この長編小説は不思議な紆余曲折を経てぱっくりとふたつに細胞分裂し、
ひとつは『国境の南、太陽の西』という長めの中篇小説(あるいは短めの長編小説)となり、
もうひとつは『ねじまき鳥クロニクル』というかなり長い長編小説になった。
だから僕は、小説家になったほとんど最初の段階で、文章を使って個人的な言い訳をすることだけはやめようと決心した。
僕はそれほど強い人間ではないから、日常においてはあるいはついつい言い訳のようなことをしてしまうかもしれない。
でもそのために文章を使うことだけはやめようと。
いささか大げさな言い方だとは思うけれど、
たとえ世界中に誤解されたとしてもそれはそれで仕方ないじゃないか、と基本的には僕は思っている。
逆に言えば「小説家というのは良くも悪くも、そんなにみんなにすんなりと理解されちゃかなわないだろう」ということである。
「知は力なり」という言葉もあるけれど、小説家にとってはむしろ「誤解は力なり」という方が正しいのではないか。
小説の世界では理解を積みかさねて得られた理解よりは、
誤解を積み重ねて得られた理解の方が、往々にしてより強い力を持ちうるのだ。
それから僕は二十九になって、とつぜん小説を書こうと思った。
僕は説明する。
ある春の昼下がりに神宮球場にヤクルト=広島戦を見に行ったこと。
外野席に寝ころんでビールを飲んでいて、ヒルトンが二塁打を打ったときに、突然「そうだ、小説を書こう」と思ったこと。
そのようにして僕が小説を書くようになったことを。
自分の書いたものが多くの人にボロクソに言われても、
十人のうち一人か二人に自分の思いがすぱっと届いていればそれでいいと頑固に、一種の生活感覚として信じることができる。
そのような経験は僕にとってはかけがえのない財産になった。
こういう経験がなかったら、小説家として生きていくことはもっとずっとハードだっただろうし、
あるいはあれやこれや自分本来のペースを崩されていたかもしれない。
というような話を一度村上龍としていたら、
「ハルキさんすげえなあ、俺なんか十人のうち十人がいいって言わないとアタマくるもんなあ」と言って感心していた。
こういうのはたしかに村上龍らしいというか……僕の方が逆に感心してしまう。
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出版社/著者からの内容紹介
村上春樹の魅力の世界
プリンストン通信久々の長篇エッセイ アメリカより愛をこめて
僕はもうとてもとても「男の子」と呼ばれるような年齢ではないけれど、
それでも「男の子」という言葉には、いまだに不思議に心引かれるものがある。
…… (中略)……
「お前にとって〈男の子〉のイメージとは具体的にどういうものであるか」という風に質問していただけるなら、
僕の回答は簡潔かつ明瞭なものになる。
箇条書きにすると、
(1)運動靴を履いて(2)月に1度(美容室でなく)床屋に行って(3)いちいち言い訳をしない。
これが僕にとっての〈男の子〉のイメージである。簡単でしょう。──(本文より)