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2008年11月

2008/11/28

ハゴロモ

Hagoromo20081127

「ハゴロモ」★★★★★
よしもと ばなな (著)




自分が体験したことがないことを、自分が知らないことを、このように書けるよしもとばなな。
自分のことを一切書いた事が無いなんて、話が天から勝手に降ってくるなんて、
現代の巫女みたいな人だな。
それで人を癒すのだから。




  十八の時から八年間も長く長く続いた愛人生活が終わったことに、
  私はまだ驚いていた。
  いつまでたっても、別れたことに慣れなかった。
  長さというものは、それ自体がひとつの生命を持つような感じで、
  いつのまにか思わぬ大きさにふくれあがっている。
  そのせいかいつでもなんだか不思議な疲れかた
  ・・・・・・まるで深い肩こりがなかなかとれないような感じで疲れていて、
  いつでも同じことをぐるぐる考えていたのですっかり頭も悪くなってしまったようだった。
  仲のいい両親の子供は世界を疑うことを知らないで育つことが多い。
  私のように。

  祖父と手をつないでいると、空と地面がぐんと近くなって、手に汗をかいた。
  多少恥ずかしくても、母の死におびえた子供の心は、その手をふりほどくことはなかった。
  祖父がいつか死んだとき、後悔したくない、と私は思っていた。
  手に汗をかいても、その時気恥ずかしくても、思い出がせまってきて苦しくても、
  後で思い出せば絶対に大切なんだ、と思っていた。
  そういう心配りに関しては、子供の心のほうがずっと繊細だった。

  「私は、ずっと変わった子と言われていたから、
  誰か変わった子がいても理解してあげられる環境を作りたかったの。
  忙しいけど、毎日いろいろあって面白いよ。
  体を使う仕事だから、気持ちいい疲れかただし。
  あまりにも子供と仲良くなりすぎると、お母さんたちがやたらにやきもちを焼くのも面白い。
  子供は、楽しくて落ち着いたものが大好きなんだよ、
  でもお母さんたちは、その反対の人が多いの。
  特に迎えに来るときは、すごくあせっているからね。
  好かれるこつはそれだけなんだけれどね。」

  私もプロではないので、確かなことは言えないけれど、
  今、彼女はふたつに分裂していて、
  ひとりはもうこのまま死んでしまいたい、というふうに思っているの。
  でももうひとりはその中で、すごくしっかりしていて、
  自分のしていることがよくよくわかっていて、
  ただきっかけをつかみたくてもがいている。
  そう思える。

  みつるくんのえらいところは、
  治らないお母さんをじゃまにしないで、
  今のお母さんとそれなりにつきあっているところだった。
  その境地は私にははかりしれなかった。
  普通だったら、治っている状態が本当だから、
  一日も早く、自分の都合のためにもそこに近づいてほしいという気持になるだろう。
  でも、彼はそうではなくて、せかす様子がまるでない。
  むしろ、これはこれでいいといった風情があった。

  そして突然、わかった。
  私は失恋してかわいそうな感じで東京を追われてきたので仕方なくここにいるわけではなくて、
  今、ひまだし好きこのんでここにいるのだ、
  そしてこれからもどこにいたっていいのだ、ということが。
  そうしたら、私をしばっていた鎖がまたひとる切れたのがよくわかった。
  重力から解き放たれ、一瞬、きれいな高みから世界を見おろす。
  「これこそが治癒の過程だわ、本でも書こうかしら・・・・・・。」




内容(「BOOK」データベースより)
失恋の痛みと、都会の疲れをいやすべく、ふるさとに舞い戻ったほたる。
大きな川の流れるその町で、これまでに失ったもの、忘れていた大切な何かを、彼女は取り戻せるだろうか…。
赤いダウンジャケットの青年との出会い。冷えた手をあたためた小さな手袋。
人と人との不思議な縁にみちびかれ、次第によみがえる記憶—。
ほっこりと、ふわりと言葉にくるまれる魔法のような物語。

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2008/11/27

恋するマドリ

Koi2081127

恋するマドリ」★★★★☆
出演: 新垣結衣.松田龍平.菊地凛子.中西学.ピエール瀧.江口のりこ.矢部太郎(カラテカ).廣田朋菜.マリエ.内海桂子
監督: 大九明子




この雰囲気がすき。
一人暮らし当初の気持ちを思い出して、部屋の模様替えを猛烈にしたくなった。


  空もにっこり
  風もにっこり
  ガキンチョもにっこり
  ガキンチョのランドセルもにっこり
  犬もにっこり
  犬の糞もにっこり
  赤信号もにっこり




内容紹介
新垣結衣 初主演&豪華キャストで贈る、甘く切ない青春ラブストーリー。
初めての一人暮らし。偶然が運命の出会いを運んでくれた。
新しい町、新しい部屋、新しい私。

【ストーリー】
はじめての一人暮らしをすることになった美大生のユイ(新垣結衣)に素敵な出逢いが訪れる。
元の部屋に忘れ物を取りに行くと、新しい住人は大人のカッコイイ女性=アツコ(菊地凛子)。
しかも彼女の元の部屋はユイの新居と判明し、運命的な関係に。
そしてもう一人、バイト先で知り合った男性はユイのすぐ上の住人=タカシ(松田龍平)。
取っ付きにくいところもあったけど仕事に取り組む姿勢に次第に惹かれていく。
アツコには同姓としての憧れ、タカシには恋心を抱き始めるユイ。
でも、アツコには自分の夢のために別れた恋人がいて、まだ少しそのことを引きずっている様子。
タカシはタカシで、失踪してしまった恋人がいて、未練たらたら。
しかもそれはユイの部屋の前の住人らしい。前の部屋の住人?
「それって、つまりアツコさん?」
運命的な出逢いは、一転、奇妙な三角関係に……。どうするユイ?

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同じ月を見ている

Onajituki20081127

「同じ月を見ている」★★★☆☆
出演: 窪塚洋介, 黒木メイサ, 山本太郎, 松尾スズキ, 岸田今日子
監督: 深作健太



窪塚洋介の転落事故以来の復帰映画。
観るのを何故か躊躇っていた。
が、彼の演技力は全く落ちていなかった。
当初窪塚洋介はドンの役を演じる予定だったそうだ。
どちらも観てみたいと思う。

若干バタ臭さが出ているけれど、ヒリヒリする感じがたまらない。

ドンの絵の迫力に圧倒された。
描いているシーンもすごく良かった。
日本画家・早川剛の絵らしい。

山本太郎、松尾スズキも主役を食う勢い。



Onajituki200811272

内容(「GAGAデータベース」より)
土田世紀の同名コミックを窪塚洋介、黒木メイサ、エディソン・チャン共演で映画化した青春ドラマ。
幼馴染みの恋人・エミの心臓病を治すために医者を目指す鉄矢。
そんな彼らの前に、放火犯として服役中だったもうひとりの幼馴染み・ドンが現われる。

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笑う大天使

Warau20081127

「笑う大天使」★★☆☆☆
出演: 上野樹里, 関めぐみ, 平愛梨, 伊勢谷友介, 松尾敏伸
監督: 小田一生




史緒(上野樹里)が本性をあらわすところまでは良かったんだけど。。。
アクション・シーンからは観る意欲を失いました。
俳優人が豪華なだけに残念。
結末は良かったです。




Amazon.co.jp
川原泉の同名人気コミックを原作にVFXディレクターの小田一生が映画初監督。
母と死別した庶民の史緒(上野樹里)は生き別れになっていた伯爵の兄・一臣(伊勢谷友介)に引き取られ、
名門・聖ミカエル学園に転校してきたが、そこで次々とドタバタ騒動を引き起こし、また巻き込まれていく。
本作に登場してくる少女たちが、誰一人としてお嬢様に見えないのが痛く(ヒロインは庶民が猫をかぶっているという設定ではあるが)、
制服の衣裳もキャバクラみたいで妙にいかがわしい。
もっともそのいかがわしさが魅力になっている部分もなきにしもあらずで、また伊勢谷友介ら男優陣は今回見事に品格あふれる存在感を醸し出している。
一方、CGを多用した方法論は、少女漫画ならではのファンタスティックな世界を映像化するのに実に効果的で、先に記した欠点も補ってあまりあるほど。
クライマックスのアクション・シーンも楽しく、これで女優たちに品格が備わっていれば…惜しい。(増當竜也)

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2008/11/24

子供ができました—yoshimotobanana.com

Kodomo20081123

「子供ができました—yoshimotobanana.com」★★★★☆
よしもとばなな (著)




この人はほんとうに命をかけて、プライドを持って小説をかいているんだなあと思いました。

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  人から見たら、小説は読まれ、親はかろうじて生きているし、結婚もしているし、健康で、さらに妊婦。
  なんと恵まれ、豊かな環境にいると思われても仕方ないし、実際そうだろう。
  だから他人にも優しくしてあげなさいということなのだろう。
  でもそれに甘んじていては、小説がだれる。
  その上、私の人生はいつも地獄だったし、それは今でもそうだ。私にとっては生きているだけで地獄なのだ。
  それはどの状況でも変わらない。
  これは説明する気もないし、人それぞれの問題なので、多くを語る気はない。
  表に出して甘える気もない。
  ただ、その地獄の中にもほんの少しの光や希望がある。
  ちょっとした憩いのひとときもある。
  また、何よりもこの地球や自然やその一環としての人というものが、私をひきあげてくれることがある。
  だから、生命を全うしたほうがいいよ、というのが、私のいつも書いていることだ。
  つまり、いつでも遺言みたいなものだと思う。
  遺書をおろそかにする人には、決して手渡したくない。
  ただそれだけのことだ。
  おろそかのレベルは人それぞれだが、そのレベルが違う人にはたくせない。
  正直言って、ゲラや原稿に触ってほしくないし、運んでほしくもないくらいだ。
  自分の作品はすばらしいとは思わない。
  ただ、一度しか書けない心のこもったものだというのは確かだ。
  食べるためにでも、人のためでも、家族のためでもなく、ただ、天から来たものを人々にお返ししているだけだ。
  ****************************************************************************

最近、麻薬体験をエッセイによって吐露する作家を何人か知りましたが、よしもとばななもそのひとり。
小説家や芸術家が過去に麻薬経験ありと知っても偏見がありませんが、俳優やアイドル、イメージで売っている人
だと社会の偏見がすごくて、職業イメージっておそろしいなと思いました。




  昨日も質問のコーナーで
  「日記を見ると毎日とても楽しそうに見えて、とても地獄とは思えない」
  という素直でいい感じの質問があった。
  そうか、やっぱりものごとを額面どおり取ってくれる人っているんだな、
  だから最近よく、幸せそうとか安定していると言われるんだなあ、といい意味で(本当ですよ)感心した。
  まず、文の技術で言えば、全く同じ内容、同じ一日、同じできごとを・・・・・
  たとえば「今日はディズニーランドへ行きました」というのを
  「とても楽しかったバージョン」
  「人生の喜びを抽象的に表すバージョン」
  「最悪、自殺寸前バージョン」
  「冴えないバージョン」
  「平凡バージョン」どれで書けと依頼されても、
  嘘を書くこともなく、実際にあったことだけのデータですらすら書ける。
  それは、作家なら誰でもそうだと思う。
  やれと言われれば、そのくらいの技術、プロならみんなあるだろう。
  誰が、どの視点を誠意を持って選んでそれを好きこのんで描くか、
  それだけが違いとか個性とか呼ばれるものなのだと思う。
  そういう意味では、真実など、この世にはないのだと思う。
  ただ、その書き方でも掘り下げれば、何かしら真摯なものが生じる。
  それを、作家たちは目指しているのだろう。

  作家で、生き方に追い詰められて小説を書いていない人って、いんちきだと思う。

  そして、私は本当に引越しとか契約とかガスだとか水道だとかなんだとか、
  そういう変化が苦手なんだなあ、ほとんど病気だなあ、とわかってきた。
  奈良くんと同じ病気だ。
  これは、世間では甘えと見られるが、本当に心の病だ。




内容(「BOOK」データベースより)
妊娠届けを提出したが、なかなか気の休まる日はこない。うんざりするテレビのニュース、仕事上のトラブル。
胎児の画像を見て感動する。人生のペースを落とし、自分のからだの声を聞こうと思う。
冷え、ぎっくり腰、犬の急病、食あたり、仕事場の引っ越し。妊婦を次々に襲う試練の数々。
公式ホームページの日記と Q&Aを文庫化する第三弾。「けんかの仲直りの仕方」も伝授。

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2008/11/23

日々のこと

Hibinokoto20081121

「日々のこと」★★★☆☆
吉本 ばなな (著)




一週間ほど寝たきりの生活を送っていたのですが、やること(できること)と言ったら、
睡眠、飲食、排泄、読書、ゲーム、インターネットでした。
その中でも読書がすすみ、11冊の本を読了しました。
よしもとばななの本は3冊。
「日々のこと」と「子供ができました」と「ハゴロモ」
もし、これから先、入院や自宅療養が必要となった方と接する機会があったなら、
よしもとばななの本を差し入れすることに決めました。
こころからじわじわとからだの芯まで回復していく気がするのです。

「若気のいたり」と題したあとがきにはこう綴ってあります。

*********************************************************************
 この本に出てくる、この素人くさく根性もなってない文章を本当にこの私が書いたのだろうか。
そう思うとすごい成長だ。我ながら自分の成長を誉めてあげたい気持ちになった。それに決し
て憎めない。私の新人時代にもこういう子供らしいかわいいところがあったのだなあ、と思う。
特徴としては、
1、気をつかって思ってもいないことを沢山書いてある。
2、わけのわからない複雑な人間関係にてんてこまいしているが、それを悪くとらないように
努力している。
3、文章の練り方が甘く、テーマも素人並みにしぼりこめていない。掲載誌や登場人物を意識
するあまり、意見が中途半端で読んでいるほうは面白くも何ともない。
 というようなことだろうか。人間は歳と共にシンプルになる。今はこのような文章を書いている
心の余裕も、こんなわけのわからない人付き合いをしているひまもない。ここに出てくる人たちは
今もいい人たちだしほとんどが交流もあるがそういう問題ではない。私の甘えが見えてくる。
私はきっと苦しかったのだろう。誰かの家にころがりこんで守ってもらいたかったのだろう。しかし、
そうはいかない。私のいる所はどこであれいつも私の家なのだから、逃げることはできないのだ。
この頃の私はそれに気付いていない。そして、新人だからといって、遊び心で仕事を引き受ける
べきではない。全く、傲慢である。これを若気のいたりというのだろう。しかしこの成長こそが人生
のダイゴ味だ。この頃の気の毒な私があってこそ、今の私がいるのだから。そして今の私も、魂的
には全くこの頃と変わっていない。どんどん余力なものがなくなり。素になっているだけだと思う。
自分も文章もどこまでそぎおとしていけるか、一生かけてとりくみたい。
*********************************************************************

本文よりもあとがきの方がおもしろい。
しかし、本文(日記)を読んでからでないと、あとがきが引き立たない。
才能が開花されるまでの成長過程が読めて得した気分です。

作家の日記がリアルタイムに読めるって贅沢ですねえ。
http://www.yoshimotobanana.com/diary/



  「あの人の愛とか人生のとらえ方はどうなっているんだろう。」

  痛みというのは入って行くと奥深くて、何だか少し甘いのだ。

  「最近の若い奥さんはまるで肉屋にソーセージを買いにいくように気軽に浮気をする。」
  (瀬戸内寂聴)
  という表現をなさったのには感動した。冗談とかじゃなくって、この表現力はすごい。
  ほんのひとことなのに文章のひだが細かく、奥深く、ペーソスもあり、ウィットもある。
  さすがだ、この人は作家なんだなあ、と心から感じた。

  あなたはスキーをはかずにリフトを下に向かって降りたことがあるか?
  多分ないでしょう。
  リフトは人々を山の上に運ぶもの、そして人々はスキーで山の下へ降りて行くのです。
  大感動。
  あたりはとっぷりと暗く、遠近が失われた世界。
  そして、眼前にはいちめんにせまって来るような夜景の海。
  光の洪水。
  自分は小さな椅子にすわり、
  しっかりと棒をにぎりながらまるで空を飛んで夜景の中に降りて行くようでしたよ。
  ゆっくりと、舞い降りるような速度で。息をのんだ。
  あの雪と、暗い山々の中をむき出しの身ひとつで落ちて行ったからこそ、あれほど良かったんだろう。
  私と、ひとつの前のリフトに乗っていたKくんは大声で
  「すごい、すごい」と言い合った。
  ロープウェイではありえない生の光景だった。すべてがにじむように美しかった。
  私は、
  「う〜ん、これは使える。いつか必ず小説に使ってみせる。すごすぎる。でも寒い。」
  と思っていました。




内容(「BOOK」データベースより)
ウェイトレス時代の店長一家のこと。初体面の女子大生とその母親と行った「お風呂の国」。
恋人と行ってひどい目にあった京都の宿。女ばっかり3人の香港旅行。
電気屋さんに聞かされた友人の結婚話…。
強大な「愛」のようなものがまわりにあふれかえっていた20代。
人を愛するように、日々を大切に想って描いた名エッセイ。

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2008/11/20

羊をめぐる冒険

Hitsuji20070806

「羊をめぐる冒険」★★★★★
村上 春樹 (著)




読む順番が前後しましたが、
これで「僕と鼠もの」シリーズ(風の歌を聴け/1973年のピンボール/羊をめぐる冒険/ダンス・ダンス・ダンス)を読了。

女の子の「耳」が気になるようになってしまった。
当分は魅力的な耳探しを意識的にするんだろうな。




  —昔、あるところに、誰とでも寝る女の子がいた。
  それが彼女の名前だ。

  彼女は笑って煙草を灰皿につっこみ、残っていた紅茶を一口飲み、それから新しい煙草に火を点けた。
  「二十五まで生きるの」と彼女は言った。「そして死ぬの」

  一九七八年七月彼女は二十六で死んだ。

  彼女は二十一歳で、
  ほっそりとした素敵な体と魔力的なほどに完璧な形をした一組の耳を持っていた。
  彼女は小さな出版社のアルバイトの校正係であり、
  耳専門の広告モデルであり、
  品の良い内輪だけで構成されたささやかなクラブに属するコール・ガールでもあった。
  その三つのうちのどれが彼女の本職なのかは僕にはわからなかった。
  彼女にもわからなかった。

  「漠然とした動機に基いた、凝縮された現象」

  「つまり、あなたの人生が退屈なんじゃなくて、
  退屈な人生を求めているのがあなたなんじゃないかってね。
  それは間違ってる?」
  「君の言うとおりかもしれない。
  僕の人生が退屈なんじゃなくて、僕が退屈な人生を求めてるのかもしれない。
  でも結果は同じさ。
  どちらにしても僕は既にそれを手に入れているんだ。
  みんなは退屈さから逃げ出そうとしているけれど、
  僕は退屈さに入り込もうとしている、
  まるでラッシュ・アワーを逆方向に行くみたいにさ。
  だから僕の人生が退屈になったからって文句なんて言わない。
  女房が逃げだす程度のものさ」

  「希望というのはある限定された目標に対する基本的姿勢を最も美しいことばで表現したものです。もちろん」

  誰かが書いていたように、
  長い放浪生活に必要なものは三つの性向のうちのひとつであるのかもしれない。
  つまり宗教的な性向か、
  芸術的な性向か、
  精神的な性向かだ。
  そのどれかがなければ、長い放浪は存在しないということだ。

  時間というのはどうしようもなくつながっているものなんだね。

  いや、こういう文章は少しパセティックにすぎるな。
  考え方としてはちっともパセティックじゃないんだけど、文章にしてしまうとパセティックになる。

  「窓口はひとつにしておきたいんですよ。責任の所在をはっきりさせるためにもね」

  「君は思念のみが存在し、表現が根こそぎもぎとられた状態というものを想像できるか?」
  と羊博士が訊ねた。
  「わかりません」と僕は言った。
  「地獄だよ。思念のみが渦まく地獄だ。
  一筋の光もなくひとすくいの水もない地底の地獄だ。
  そしてそれがこの四十二年間の私の生活だったんだ」



081109_001


<レビュー>
野間文芸新人賞受賞の青春三部作の長篇。僕と鼠のラスト・アドベンチャー。
鼠から来た北海道消印の葉書から、僕は、すべてをすてて鼠を探す旅に出る。
羊博士、ドルフィンホテル、羊男の哀しい青春の終り。

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2008/11/19

哀愁的東京

Ai20080909

「哀愁的東京」★★★★★
重松 清 (著)



クリエイター、アーティスト気質な主人公の物語を読むと、びんびんとアンテナに引っ掛かるものがある。

第一線からの退場、人生のピークからの退場、静かに深い傷を負った人たちの物語。


熱烈的歓迎
猛烈的反省
寛大的和解
明朗的奮闘
孤独的日常
惰性的毎日
自由的米国
冷蔵庫的寒冷
困難的数字
得意的料理
困惑的再婚
祝福的再婚
幸福的再婚
回想的東京
哀愁的東京


“ ひととひととの関係で、それが男と女ならなおさら、あらすじだけで話せるものなど、なにもない。”

格言的な一文。



  うんと寂しくて哀しい物語は、
  時として滑稽でもあるだろうし、
  時としてささやかな幸福の光も放つかもしれない。

  僕はビア樽氏に殴られて、絵本を書けなくなった。

  少年でもあり、少女でもあり、こどもでもあり、おとなでもある—そんな足し算では描けない。
  少年でもなく、少女でもなく、こどもでもなく、おとなでもない—引き算をしたあとに残るものが、ヒロミだ。

  「後ろめたさが欲しいんだ、あのひとは。
  やっちゃいけないことをやってるんだっていう、
  でもやりたいんだっていう、
  屈折したところにエロスがあるんだと考えてるんだよな。
  それが週刊誌のエロスなんだ、って」

  「内側から、紫、藍色、青、緑、黄色、オレンジ、赤だ」

  「テレビは怖いですよね。
  魔法をかけちゃうんです、蜃気楼を見せちゃうんですよ、
  かなうはずのない夢がすぐ目の前にあるように…
  思い違いをさせるんです」

  「僕はもう、誰にも魔法をかけたくないんです。
  永遠に解けない魔法なんてないでしょう?
  いつか現実に戻らなきゃいけないんだったら、
  最初から現実を教えてあげたほうがいいんです。
  ドキュメンタリーで撮るのは芸能人じゃないんですから。
  それぞれの現実を生きているひとを、
  ほんのひととき『テレビに出たひと』にする、
  ドキュメンタリーの仕事はそれだけで、
  それ以上のことをする権利なんてないんです。
  ねえ、進藤さん、違いますか?
  僕の考え、間違ってますか?」

  赤く血走った目が、さらに強く僕を見据える。
  ヤバいな、と思う。
  この仕事を二十年近くつづけていれば、
  精神的に追い詰められてしまったひとと向き合う機会も、否応なしに増えてくる。
  取材相手よりもむしろ同業者やカメラマンやデザイナーやイラストレーターや編集者と会っているときに
  「ああ、こいつヤバいな」と感じることが多い。
  因果な商売だ。

  「進藤がゼロからつくりあげたってわけだ。やっぱり、いい仕事だよなあ。うらやましいよ」
  感に堪えたように言った高橋は、コーヒーをもう一口飲み、ため息とともに肩を落として、
  「俺は逆だよ」と吐き捨てた。
  「どんどん自分がゼロになっていくのがわかるんだ、最近」
  滅私奉公—古めかしい言葉を持ち出して、
  「昔のひとはいいこと言うよな、ほんとにさ、滅私奉公なんだよ。自分がなくなるんだ」と言う。
  「それもあるけど…仕事だけじゃないな、
  なんかもう、生きてることがぜんぶ、滅私奉公なんだよな。
  磨り減るんだ、自分が。もう、ゼロ寸前なんだよ。
  俺ってどんな奴だったっけ、俺はいったい誰なんだろうな、ってな」

  <某>の文字に、目が吸い寄せられる。
  某月某日の某、某氏の某—名前を持たない、ナニガシ。
  どこの誰でもなく、そして、どこの誰でもいい、ナニガシ。

  悲しい記憶は、静かに薄れ、やがて忘れられていく。
  「忘れる」という能力を人間が授かったのは、
  もしかしたら、この世界には「忘れたい」出来事が多すぎるから、
  と神さまが見抜いていたせいなのかもしれない。
  ものを書いて残すというのは、それに抗う罪深い営みなのかもしれない。

  「性善説ってのは他人にしか向けちゃだめなんだよ。それを自分自身に向けたら、呼び方が変わるんだ」
  春木デスクはそこで言葉を切り、たっぷりと間をおいて、つづけた。
  「甘ちゃん、ってな」


出版社/著者からの内容紹介
週刊誌のライターで生計を立てている絵本作家が主人公。作者自身を重ね合わせたかのような、ライターとしての多忙な日々と、
絵本作家としての作品が書けない日々。元ITビジネスの旗手、落ちぶれたアイドル歌手、年老いたSM嬢、ホームレスの夫婦…
彼が出会い、見送ってきた「東京」が描かれる。
直木賞作家が『ビタミンF』でもなく『エイジ』でもない、新しい世界を描いた、連作短編集。

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2008/11/18

人間失格・桜桃

Ningen6020080303

「人間失格・桜桃」★★★★★



わからない わからない わからない
葉蔵はこれを、胸の中で幾度も唱える。
それは葉蔵の無意識なのか、それとも、太宰の意図的なものなのか。
道化となって転落してゆくのは葉蔵か太宰か。

太宰の読点の打ち方が好きだ。
そこに絶望が滲み出ているから。
退廃の美しさを知る。



  恥の多い生涯を送って来ました。

  おもてでは、絶えず笑顔をつくりながらも、
  内心は必死の、
  それこそ千番に一番の兼ね合いとでもいうべき危機一髪の、
  油汗流してのサーヴィスでした。

  「僕も画くよ。お化けの絵を画くよ。地獄の馬を画くよ」

  学校の図画のお手本はつまらないし、
  先生の絵は下手くそだし、
  自分は、全くでたらめにさまざまの表現方法を自分で工夫して試みなければならないのでした。
  中学校へ入って、自分は油絵の道具も一揃い持っていましたが、
  しかし、そのタッチの手本を、印象派の画風に求めても、
  自分の画いたものは、まるで千代紙細工のようにのっぺりして、
  ものになりそうもありませんでした。
  けれども自分は、竹一の言葉によって、
  自分のそれまでの絵画に対する心構えが、
  まるで間違っていた事に気が附きました。
  美しいと感じたものを、そのまま美しく表現しようと努力する甘さ、おろかしさ。
  マイスターたちは、何でも無いものを、主観によって美しく創造し、
  あるいは醜いものに嘔吐をもよおしながらも、それに対する興味を隠さず、
  表現のよろこびにひたっている、
  つまり、人の思惑に少しもたよっていないらしいという、
  画法のプリミチヴな虎の巻を、竹一から、さずけられて、
  れいの女の来客たちには隠して、少しずつ、自画像の制作に取りかかってみました。

  日陰者、という言葉があります。
  人間の世において、みじめな、敗者、悪徳者を指差していう言葉のようですが、
  自分は、自分を生れた時からの日陰者のような気がしていて、
  世間から、あれは日陰者だと指差されているほどのひとと遭うと、
  自分は、必ず、優しい心になるのです。
  そうして、その自分の「優しい心」は、自身でうっとりするくらい優しい心でした。

  もともと、非合法の興味だけから、そのグルウプの手伝いをしていたのですし、
  こんなに、それこそ冗談から駒が出たように、いやにいそがしくなって来ると、
  自分は、ひそかにPのひとたちに、それはお門ちがいでしょう、
  あなたたちの直系のものたちにやらせたらどうですか、
  というようないまいましい感を抱くのを禁ずる事が出来ず、逃げました。
  逃げて、さすがに、いい気持はせず、死ぬ事にしました。

  「あら、たったそれだけ?」
  無心の声でしたが、これがまた、じんと骨身にこたえるほどに痛かったのです。
  はじめて自分が、恋したひとの声だけに、痛かったのです。
  それだけも、これだけもない。
  銅銭三枚は、どだいお金でありません。
  それは、自分が未だかつて味わった事の無い奇妙な屈辱でした。
  とても生きておられない屈辱でした。
  所詮そのころの自分は、まだお金持ちの坊ちゃんという種属から脱し切っていなかったのでしょう。
  その時、自分は、みずからすすんでも死のうと、実感として決意したのです。
  その夜、自分たちは、鎌倉の海に飛び込みました。
  女は、この帯はお店のお友達から借りている帯やから、と言って、
  帯をほどき、畳んで岩の上に置き、
  自分もマントを脱ぎ、同じ所に置いて、
  一緒に入水しました。
  女のひとは、死にました。
  そうして、自分だけ助かりました。
  自分が高等学校の生徒ではあり、
  また父の名にもいくらか、いわゆるニュウス・ヴァリュがあったのか、
  新聞にもかなり大きな問題として取り上げられたようでした。

  漫画家。
  ああ、しかし、自分は、大きな歓楽も、また、大きな悲哀もない無名の漫画家。
  いかに大きな悲哀があとでやって来てもいい、
  荒っぽい大きな歓楽が欲しいと内心あせってはいても、
  自分の現在のよろこびたるや、お客とむだ事を言い合い、お客の酒を飲む事だけでした。


Dazai20080303


<レビュー>
昭和23年(1948年)6月13日夜半、太宰治は愛人山崎富栄とともに玉川上水へ身を投じました。
降りしきる雨の中の捜索・・・入水から1週間後の6月19日早朝、投身場所から2キロほど離れた、井の頭公園万助橋下流
にて二人の遺体は発見されます。

6月19日—奇しくもその日は太宰治39回目の誕生日でもありました—

彼のお墓は生前彼が願っていた、三鷹市にある黄檗宗禅林寺内、森林太郎(鴎外)のお墓と向かい合わせに建てられてい
ます。

ちょうど桜桃(さくらんぼ)が赤く熟する時季であり、彼の死の直前の傑作短編『桜桃』にちなんで、6月19日は「桜桃忌」と
名づけられ、毎年多くのファンが太宰を偲んで禅林寺を訪れます。

私の家では、子供たちに、ぜいたくなものを食べさせない。子供たちは、桜桃など、見た事も無いかもしれない。
食べさせたら、よろこぶだろう。父が持って帰ったら、よろこぶだろう。蔓を糸でつないで、首にかけると、桜桃は、珊瑚の首飾
りのように見えるだろう。しかし、父は、大皿に盛られた桜桃を、極めてまずそうに食べては種を吐き、食べては種を吐き、
食べては種を吐き、そうして心の中で虚勢みたいに呟く言葉は、子供よりも親が大事。
—角川文庫『桜桃』より

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2008/11/14

最近買ったものメモ

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左から、マリオシリーズの磁石とキーホルダー(頂きもの)、サウスパーク時計(京都のリサイクルショップ)、ベティちゃんの絆創膏
セット(USJ)、キース・へリングのテープ(39マート)

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左から、バラのキャンドル(ダイソー)、富士山の石鹸(インターチェンジ)、バナナの葉のノート(マライカ)、ストール(マライカ)

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左から、スノードーム(鳥取砂丘)、小物入れと駱駝のスタンプ(マライカ)、ブーツ(ABCマート)

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左:新入りのスヌーピーたち(頂きもの)
右:集合。
マライカっぽい部屋にしたいのにどんどんファンシーになっていく(汗)

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近所のオバショップで激安だった服。AND姉→妹→私と譲り受けた服。

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2008/11/06

ひかりのあめふるしま屋久島

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「ひかりのあめふるしま屋久島」★★★★★
田口 ランディ (著)


そうか、屋久島は「もののけ姫」の森なのか。
それは行かなくては。

観光コースしか行かない観光客で終わりたくないので、私も屋久島野外活動センター(YNAC)のお世話になって自然と
同調したい。


  「なにこれ、この景色。こんなきれいなもん、一人で見せられたって困るよ」
  私は独り言を言いながら、景色の前でおろおろしてしまった。
  だってだって、こんな美しいものをたった一人で見るなんて、孤独すぎる。」

  過去の私を知っていた友人は、趣味の変貌ぶりに驚きもものきである。
  だって、それまで私は完全な文系人間で、不健康な大酒飲みで、
  しかも心理学などというジトジトした学問を勉強してきたのである。
  いま思うと、私は人間の心の深遠を覗き込むことに飽き飽きしていたのかもしれない。
  「ひたすら心をつきつめていっても、心には至れない」
  そんな限界を感じていたのだ。
  だったら、どんな入り口からなら心にたどり着くのか?
  無意識のうちにその答えを「自然」に求めていたような気もする。

  「きれいな川だなあ、魚はいるのかな?」
  「屋久島の川は、水がきれいすぎて微生物が少ないんです。
  だから、魚もあまり棲めません。水鳥も少ないんです」
  「へ〜、魚も棲めないほど棲んだ水なのか。じゃあ、もしかして飲めるんですか?」
  「もちろん飲めますよ。森の中ならどこの水でも飲めます」

  「そうだ。人間の体には音がある。
  その音を、母親の腹の中にいる間中、ずっと聞いているんだ。
  肉体はひとつの宇宙だ。
  ざあざあと力強い滝のように流れ落ちる大動脈。
  岩走るせせらぎのような大静脈。
  そして、今、お前が聞いた太古のドラムのような心臓の鼓動。
  それらの音が、こうして水音を聞いていると蘇ってくる。
  命のリズムだ」

  ガジュマルの種は鳥の糞とともに運ばれる。
  ある日、偶然にとある樹の上にぼとりと糞が落ちたとしよう。
  やれやれ。
  ガジュマルはその樹の枝の上で「ちょいとお邪魔しますよ」と発芽するのである。
  ガジュマルは居候しながら生長し、地面に向かって気根という細いヒゲのような根を伸ばし始める。
  気根は何本も何本も出てきて、一心不乱に地表を目指す。
  そして、地面に着いたとたん、ものすごい勢いで栄養分を吸い上げ、急生長するのだ。
  気根が地面にたどり着いた瞬間から、居候は殺し屋に豹変する。
  さらに気根の数を増やし、分岐し、交差させ、
  ついには宿主の幹を網目状に取り囲んでしまうのである。
  その頃には樹冠は宿主よりも大きくなり、どんどん葉を茂らせ光合成を行う。
  宿主の樹の方はいい迷惑である。
  日が当たらないし、ぎゅうぎゅう幹を締めつけられて水分を吸い上げることもできない。
  あわれ宿主はついに枯死してしまう。
  かくして、ガジュマルは空洞で網の目の幹をもった姿となって生き残るのだあった。

  「イチジクってどう書くと思います?」
  「よくぞ聞いてくれました。“無花果”でしょう?イチジクは花が咲かない植物なんですよね」
  得意になって私は答える。
  「なんで、花が咲かないのに実がなるんでしょうか?」
  う・・・。言われてみれば確かにそうである。
  なんでだろう、考えてみたこともなかった。国語辞典には書いてなかったぞ。
  「イチジク類の実を割ってみると、中から小さな黒い蜂が出てくることがあります。
  この蜂こそ、イチジクと共存している“イチジクコバチ”です。
  イチジクコバチは、イチジクの実の中で生まれて、イチジクのためだけに一生を終えます。
  よってイチジクコバチのおかげで、実の中で受粉できてしまうのです」

  「クマノミっていうのは性転換するんです。子供は全部、オスとして生まれます。
  その中で一番大きい個体がメスになるんです」
  「へ〜」
  「2番目に大きいオスが、メスと結婚して夫婦になります。
  クマノミは一夫一婦制なんです。
  人間みたいに一夫一婦制の魚はすごくめずらしいです。
  そして、ひとつのイソギンチャクは一組の夫婦しか棲むことができません」

  「まず、潜るためには手は必要ありません。手の力なんて何の役にも立たない。
  足も潜ったあと一蹴りするくらいで十分です。
  だから問題は、いかに垂直に逆さまになるかです。
  でんぐり返るくらいの気分で、頭を逆さまにしてごらんなさい。そうすれば、体が勝手に沈みます」

  自然に目覚めた女って、あんまり男を必要としなくなるんだよ。
  孤独であることの楽しさを、世界から教えてもらうから。


内容(「BOOK」データベースより)
「私が自然に興味を持ち出したのは30歳を過ぎてからだった。それまで、アウトドアなどというものにはまったく興味がなく、
毎晩ネオンの海にダイブして二日酔いの頭に迎え酒」—仕事に疲れ、海と森と川以外には気のきいたものは何もない屋久
島にやってきた著者は、美しい自然や不思議な出会いによって運命が激変した。魂の物語に誘う旅エッセイ。

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2008/11/05

砂丘と投入堂と直島と〜富士宮やきそば編〜

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帰りに御殿場プレミアム・アウトレットに寄りました。
結構買ったけど、自分のものはひとつも買わずに終わりました。
時間があまりなく、広くて回りきれなかったのでまた行きたいです。

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せっかくだからとB-1グランプリ初代、第2回グランプリの富士宮やきそばを食べる事にしました。

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でもどこに行ったらよいのか分からない・・・
携帯で調べて富士宮やきそば学会ホームページでランキング1位の前島に行ってみることにしました。

・・・のが間違いだった?

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富士宮やきそばは駄菓子屋さん兼用でやっているところが多いそうです。

お皿は出してくれません。鉄板から直接食べます。
なので一組ずつしか食べられません。
衛生面が非常に気になりました。
味も、なんていうか、使っている油が古いのかなあ。
他のお店にも行ってみないとよくわからないけど、
これが富士宮やきそばのスタンダードなのだとしたらあまり好んで食べはしないかな。

あと、トイレはありません。
昔は外にトイレがあったが食い逃げが出たので取り壊したとのこと。

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何故ランキング1位なのかが気になります。
ブログを検索してみると、なかにはおいしいと言っている人もいるので(批判がめちゃくちゃ多いですが)、
女将さんのその日の気分によるのでしょうか?

この女将さんキャラがかなり濃いです。
ルール守れなきゃ帰れと言わんばかりの頑固っぷり。

なんていうか、色々な意味でカルチャーショックを受けました。
良い経験させてもらいました。

砂丘と投入堂と直島と
おわり。

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砂丘と投入堂と直島と〜地中美術館・家プロジェクト編〜

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そして地中美術館へ。

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地中の庭。モネの庭。

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すごーく綺麗。

地中美術館は残念ながら撮影禁止。
設計はまたしても安藤忠雄。
地中に美術館が埋まっているってことだけでワクワクする。
しかも地中に埋まっていながら自然光を採り入れて作品の表情が時間ごとに変わるなんて。

クロード・モネ、ウォルター・デ・マリア、ジェームズ・タレル、
この3人のために、彼等の作品のためだけに作られたこの美術館自体がもう芸術作品になってしまっている。

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地中美術館を堪能したあとは、家プロジェクトへ。

ちなみにこれはトイレ。すごく綺麗だった。わたしトイレに結構うるさいです。

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至る所にアート作品。

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大竹伸朗 家プロジェクト「はいしゃ」《舌上夢/ボッコン覗》

うわー、待ってました!というかんじ。家の空間そのものをコラージュしている。
中もすごいんだよ。
大竹伸朗の作品は外国人の知らない日本というかんじ。
クローズアップされない日本。

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この作品を見て何か感じた人は是非「既にそこにあるもの(大竹伸朗)」を読んでみて欲しい。

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しゃくとりむしのさんぽだほい

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おいちにおいちにさんぽだほい

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高原城跡がなんと、

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バスタブて!

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杉本博司 家プロジェクト「護王神社」《Appropriate Proportion(アプロプリエイト プロポーション) 》

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美術関係者のブログには撮影禁止の写真も載ってたりするのでチェックすると面白いと思います。

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家プロジェクトが一番おもしろかった。
地図を片手に歩きながら探す芸術。
名のないアート作品、無作為なアート作品(ガイドにはない自然があるいは住民が創り出した日常の風景)がたくさん見つかります。

さらば直島。

この日行ったお風呂は、野天風呂あかねの湯。
循環なのでお湯の質はあまりよくありません。お風呂の数が多いのでファミリーに人気みたいです。
今まで食べた中で一番まずいハンバーグをここで食べました。
お湯の質と料理の質は比例するのだと気付きました。

続きます。

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砂丘と投入堂と直島と〜ベネッセハウス編〜

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急遽フェリーで直島に行くことにしました(予定になかった)。

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宇野港で「羊をめぐる冒険(村上春樹)」を読んでフェリーの出港を待つ。

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フェリーに乗るの超久々すぎる。たぶん10年ぶりくらい?

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結構肌寒かった。

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あれは何て名前の島だろう?

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フェリーから草間彌生の作品が見えた時は感動!

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中はこんなかんじ。

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みんなこうやって写真撮ってました。

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近くにあったイス。かわいい。島全体がアートに浸食されている。

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あ!あれは!

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どーん!これは本当に作品と展示場所があまりに良過ぎる。鳥肌立つほど素晴らしい。
どの時間帯に行っても誰かしら写真を撮っているくらい人気スポット。

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赤い海草がいっぱい。

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これは最初作品なのかどうか疑問だったけど、ベネッセハウスに関連作品がありました。

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黒い船の中。

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なんだ!?なんであんなところに窓が!?
って思ったら、あれは杉本博司の作品でした。すごい展示!この展示方法には脱帽。
でも何の写真か分からない。

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これ、最初草間彌生の作品だと勘違いしてました。

大竹伸朗「シップヤード・ワークス 船尾と穴」1990

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大竹伸朗「シップヤード・ワークス 切断された船首」1990

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蔡国強「文化大混浴 直島のためのプロジェクト」1998

これ入りたかったんですけど、色々制限があるみたいです。

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三島喜美代「もうひとつの再生 2005-N」2001-2005

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小さい島なのですぐ一周出来てしまう。

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ネコバスのていりゅう所

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じこく表 いつでもネコバスくるよ

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へびが轢かれてぺちゃんこになってた。

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夜、ライトアップされて。

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草間彌生「南瓜」1994-2005

ベネッセハウスは安藤忠雄設計。
安藤忠雄って世界中を旅したあと独学で建築を学んだんですね。
なんかうれしかった。
アカデミックな教育を受けてなくても素晴らしい功績を残してる人を知るとうれしくなる。

でも、作品数は少なくて、ものすごくリゾート臭がした。
食べ物めちゃ高いし。
ニキ・ド・サンファールの屋外作品はあんまりよくなかったかも?
ニキ美術館の方が素晴らしいのがたくさんあります。
ニキ大好きなんだけどな。どういう基準で作品選んでるんだろう。

あと、山本うどん店はオススメ。2回行きました。
確実に今まで食べたうどんの中で一番おいしい。
私的オススメはしょうゆ。手打ちの麺が太くてつるしこ。
メニューによって麺の太さが違うみたい。
また行きたいなあ。

続きます。

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砂丘と投入堂と直島と〜日本一危ない国宝・投入堂(なげいれどう)編〜

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そして、三徳山三佛寺国宝・投入堂へ。
断崖絶壁にそびえ立つ投入堂の写真を見て、絶対行きたいと思っていたのだ。

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不老長寿健康の水。こういうのを見ると絶対飲んでしまう。

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谷川天狗堂のとち餅はめちゃくちゃおいしかったです。久し振りにあんなおいしいお餅食べたなあ。すごくのびるの。

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庭にありました。綺麗。

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確実に今まで登った山で一番危険。落ちたら、死ぬ。というか、落ちそう。
一人で登るのを許可されていないことに納得。
そう、なんと途中でパーティが増えたのです。

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奥院である投入堂へは、本堂裏手の登山事務所で入山受付を行う必要がある。
三仏寺では投入堂への入山はあくまでも観光ではなく修行であるとしており、
三仏寺拝観料とは別にここで入山料を支払い入山届に記入した上、
貸与された「六根清浄」と書かれた輪袈裟を身につけ、
すぐ裏の宿入橋から山道を登ることになる。
投入堂への山道は非常に険しく、
登山に不適当な服装や靴を着用している者は入山を拒否されることがある(特に女性のスカート姿は厳禁)。
このような三仏寺の厳しい対応にもかかわらず、
滑落事故はあとを絶たないため現在では一人での入山は拒否されている。
下山時には登山事務所でたすきを返納し下山時間を入山届に記入することにより、
入山者の下山の確認を行い不慮の事故に備えている。
(Wikipediaより)
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げろげーろ。
超特大カエル発見!ずっしり重い、愛嬌のあるカエルでした。
後から加わった男の人にぎょっ!とされてしまいました。

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なんとここで道を間違えて(看板がないから登山ルートが分かりにくいのです)、

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この中を通るはめに!

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後ろはこれです。
今考えるとよくよじ登ったなあ。

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地蔵堂(重要文化財)

投入堂へ向かう途中には野際稲荷、文殊堂、地蔵堂、鐘楼堂、納経堂、観音堂、元結掛堂、
不動堂などが建つ(文殊堂、地蔵堂、納経堂は重要文化財、他は鳥取県指定保護文化財)。

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せっかくなので上がってみました。

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すごい眺めです。

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落ちたら確実に死にます。

でもまだまだ登ります。

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いかにも山岳信仰の中心地らしく、山の麓から投入堂までの道程のうち、特に麓から鐘楼までは、
起伏に富んだ自然の山道がほとんど改良されることなく、以前のままの状態で残されているため、
非常に過酷な部分が多い。

本堂裏の宿入橋からの高低差200メートル、全長ほぼ700メートルの行程は全て難所と言ってよく、
ところによっては鉄の鎖やロープ、時にはむき出しになっている木の根だけを頼りにしがみついて、
その都度足場を確保しながら登り下りすることになる。
なお、難所は下りの方がはるかに通過困難になることは留意すべきである。
(Wikipediaより)
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岩の中に建てようっていう発想がすごい。

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そして、ついに

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投入堂到着。時間的には短かったですが、まさかここまで危険だとは思わなかった。
危険すぎて写真があまり撮れなかった。手放したら死ぬ。

2007年11月14日には約100年ぶりの修復を記念し、1日限り3人のみの拝観が認められたそうです。

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カッパのズボンを持って来てなかったので、100均でカッパを買ったのですが、
速攻ビリビリに破けました。
子供用なのに足の長さがジャストサイズ。
そして、わらじの底力を知りました(登山事務所で履き替えさせられます)。
雨に濡れた木の根も滑らない!すごく歩きやすいです。昔の人の考えたものはやっぱりすごいんだなあ。
あ、あと軍手もないと登れません。

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帰りの方が怖かった。どうやって降りるか考えて降りないと落ちる。

でも、スリルがあっておもしろかった。ここはまた行きたい。

この日行った温泉は三朝温泉後楽
誰もいなくて貸し切りでした。最初フロントにも人がいなくて焦りました。でも良いお湯でした。

続く。

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2008/11/04

砂丘と投入堂と直島と〜砂の美術館編〜

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鳥取に来たら行っておきたかったスポット、砂の美術館へ。

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入って絶句。入口からは想像できないほどの完成度。

中国・兵馬俑 (1987年世界遺産登録)
砂像彫刻家:揚 歴東(ヨウ・レキトウ 中国)

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イラク・人頭右翼の雄牛像(2003年 世界遺産登録)
砂像彫刻家:Tan Joo Heng(タン・ジョ・ヘン シンガポール)

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インド・タージマハル (1983年 世界遺産登録)
砂像彫刻家:Leonardo Ugolini(レオナゥド・ウゴリニ Italy)

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アフガニスタン・バーミヤン大仏(2003年世界遺産登録)
砂像彫刻家:張 永康 (チョウ・エイコウ 中国)

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カンボジア・アンコールトム(1992年世界遺産登録)
砂像彫刻家:張 偉康 (チャン・イコウ 中国)

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日本でただ一人のプロ砂像彫刻家茶圓勝彦(ちゃえん・かつひこ)氏の作品。

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中国・万里の長城 (1987年 世界遺産登録)
砂像彫刻家:張 燕 (チョウ・エン 中国・女性)

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日本・姫路城 (1993年世界遺産登録)
砂像彫刻家:茶圓勝彦(日本・鹿児島県出身)

修復しているものが多かった。やっぱり砂だと強度に限界があるんだなあ。そこが魅力でもある。

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アンパンマンの生首。

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らっきょうの花。

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らっきょう畑初めて見ました。土じゃなくて砂なのにびっくり。

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三朝温泉

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河原風呂。混浴。入浴料は無料ですが、水着着用不可のため断念。

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河原の湯。足湯。こっちに入りました。

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薬師の湯。足湯。飲むこともできます。

本当は河原風呂に入りたかったけどさすがに無理なので、浜村温泉館 気多の湯に行きました。
入浴料は420円。安い。

続きます。

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砂丘と投入堂と直島と〜駱駝に乗るの巻〜

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次の日も砂丘へ。太陽が眩しい。

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砂丘は朝の顔と夜の顔の表情が全然違う。

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写真だけだと500円。遊覧は1800円。

らくだ屋
http://www.rakudaya.info/

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わたしが乗ったのはチェリーちゃん。

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念願だった「砂丘で駱駝に乗る」が実現しました。

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パラグライダー。

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楽しそう。

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ハングライダーも。

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上半身裸でギター弾いてる人たちもいました。青春だ。

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ごとうまなみちゃんのわすれもの。

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この鳥の足跡が砂丘についててかわいかった。歩き方がちょこちょこしててかわいい。

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海に砂を削られているんだって。砂丘がなくなっちゃう。

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砂丘は色々な表情を持っている。

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境目。

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砂丘の植物。

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かわいい。

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足洗い場があります。とても親切ですね。

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じょばばばば。

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梨ソフトクリーム。初めて食べる味。半分くらいで満足してしまうくらい濃厚。

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駱駝せんべい。駱駝に乗るともらえます。ソフトクリームも100円引き。

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なんだこれ。

続きます。

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